新四ッ辻文化とせせらぎの街 ”三島”

新四ッ辻文化とせせらぎの街 ”三島” 8つのプロジェクト

新四ッ辻文化の街 三島へ

いま、新しいビジョンを次世代に贈る。

いにしえより、三島は、東海道、甲州街道、下田街道が交差する四ツ辻の街として、独特の文化と歴史を育んできました。

江戸・明治・大正・昭和、そして平成へと時代の大きな変化を経て、今、三島は新しい文化と産業の波が東西南北にクロスする交流ポイントとして、重要な役割を担い、「新四ツ辻文化の街」の飛躍が期待されています。

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今、三島の地理的財産と歴史的財産を見直すことから始めよう。

三島の豊富な湧水は富士山の恵みであり、市街地のせせらぎの源となっています。三島が戦災に遭わなかったのは、水の景観や歴史的資産を守るという配慮が米国にあったのかも知れません。

北伊豆地震後に街なかに建てられた数々の看板建築は「懐かしき昭和の時代」を想わせ、今では街づくりの貴重な財産となっています。昭和50年代まであった伝統的工業の「三島和傘・染物・下駄つくり・かじや・和服の紋づくり」など職人のなせる技が、現在の三島工業の新技術に生きているといえます。

これからこの地域の新産業は首都圏との短縮された交通や地域独特の自然環境を考えた健康産業が主流になりつつあり、新四ッ辻文化の街の新産業創造が期待されます。


プロジェクト内容

8つのプロジェクト

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ファルマバレー、医・看・工連携の発信地

健康産業のめばえ

ファルマバレー、医・看・工連携の発信地

ファルマバレー構想は、がんセンター研究を核として、その対象は医療産業からウエルネスまで幅広い文化にわたっています。
世界レベルの研究開発を進め、臨床応用を高めながら、富士山麗に健康関連産業の集積を図り、特色ある地域の開発を目指しています。

21世紀の成長分野とされる医療・医療機器・介護機器等の分野は、地域の有利性を最大限に活かしながら、業種間連携の仲介~促進など、周辺各地域との広域連携により、地域のポテンシャルを最大限に引き出すことが可能です。

だからいま より付加価値の高い地域産業を育てよう。

「ファルマバレー、医・看・工連携の発信地」として、「医・看・工連携ミシマ」(事務局:当所)により事業推進されている。医療面では開発や技術的な問題や許認可などでの問題点があり参入には難があるが、看護や介護、福祉、健康、ウェルネスなどファルマバレーの裾野は広いことから、温泉宿との交流会を積極的に図ることによる浴槽内のゴミ排除装置開発や黒文字の木を利用した商品開発などの事例も出てきており、工業からは見えない「種」を見つけ、共同開発を積極的に取り組んでいる。

今後も上記のような事例が事業者間で頻繁に起こり、市場開拓、受注機会の増大に結びつく仕組みづくりの構築が必要であり、そのためには各分野に携わる事業者の現状把握と問題点を整理し、実現ための具体的な戦略を提示したアクションプランの策定が求められている。

今年度、静岡県地域振興支援事業の採択を受け、ファルマバレー関連業種にアンケートを実施し、問題点を整理しながらアクションプランをまとめ、異業種間連携のマッチングを組成することにより地域小規模事業者の活性化に向けて推進していく。

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新たな産業職人魂を活かしたモノづくり

三島を育てる未来の職人たち

新たな産業職人魂を活かしたモノづくり

三島はかつて、豊かな湧水を活かした「三島和傘」や「染物」など職人の技を活かしたモノづくりが盛んでした。よいものをじっくり大切に作り上げる美徳が三島人には備わっているように思います。次世代を担う子供達がこうした三島に愛着を持ち、新たな産業職人が育ち、さらには三島の次の時代の源になることを期待します。

だからいま モノづくりを大切にする環境を育もう!

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箱根西麗三島野菜のブランド化

箱根西麗の農作物と美しい風景

箱根西麗 三島野菜のブランド化

三島の農産品、特に箱根西麗の根菜類の生産に適した土壌で育つジャガイモや大根、果物のように甘いニンジンなど、その質の高さは多くの人々から賞賛される名産品です。近年、地元農業者が中心になって、大根祭りや馬鈴薯祭りなど、市民や首都圏を対象としたイベント販売が好評です。また、富士山と大根干しの風景も冬の風物詩として定着し、写真撮影にも人気を博しているようです。

今後はおみやげ産直や常設の街中産直システム等、「農」「観」「商」の連携により、三島を代表するアイテムに押し上げていくことも可能ではないでしょうか。

だからいま 自前ブランドとコンテンツの創造をサポートしよう。

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三島ならではの食へのこだわり

三島の水が育んだ豊かな食

三島ならではの食へのこだわり

三島の食はまさに水とのかかわりから生れたと言ってよいでしょう。
明治維新後、澄んだ水にさらしたうなぎのおいしさに、「三島うなぎ食文化」が誕生し、今や三島の食文化を代表する食材となっています。
このうなぎの街から「全国うなぎサミット」などと銘打ったイベントなども大々的に開催したものです。

また、名水をそばの商品化や三島ばいかも御膳など箱根西麗三島野菜の大根・にんじん・ジャガイモ等をふんだんに使った「新たな食の文化」を作りだすことが期待されます。

だからいま 三島の名産やおいしさの情報を大発信しよう!

当所創立60周年で提言いたしました地域振興ビジョン「新四ッ辻文化とせせらぎの街 三島ブランド化8構想」の一つして「三島ならではの食へのこだわり」が掲げられており、三島うなぎのブランド化を目指しております。

今年度は「三島発!うなぎのぼり全国展開事業」が中小企業庁「地域資源∞全国展開プロジェクト」に採択され、本事業を展開して参りました。この事業は、地域資源を活かした新商品開発や観光活性化を支援するもので、三島の特産品うなぎを全国に情報発信すると共に、蒲焼にとらわれない新商品の開発・研究を行い、うなぎによる三島の活性化を探るものです。

本事業において、三島うなぎのHPを製作し三島うなぎを全国に情報発信すると共に、「三島うなぎ饅頭(仮称)」や「三島うなぎ手拭い 乙女耳うなぎ」を初めとする蒲焼にとらわれない新商品の研究・開発を致しました。また、「寒の土用丑の日イン三島」を開催し、新商品のPRや蒲焼の試食会などを行い、夏の風物詩であるうなぎの概念に変化を与えました。

今年度実施した本事業を基に、来年度以降構想を実現する上で次の2点が重要であります。

まず、地元三島における価値連鎖を高める必要があります。三島うなぎへの関わりをうなぎ料理事業者のみならず、市民や異業種の事業所等広範囲に亘ることで『うなぎの街三島』を醸成していきます。

2点目は、「三島うなぎ」を全国ブランドに押し上げるためには、積極的なPR活動が必要です。インターネットを活用した情報発信やイベントへの積極的展開などに加え、効果的に展開していくためには他組織とのコラボレーションも重要です。

上記課題を克服し、具体的目標を定め事業展開していくことが「三島うなぎ」のブランド化につながるものと思われます。

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富士・箱根・伊豆への玄関「箱庭文化都市」三島へ!

四方を山や海に囲まれた独特の景観はまさに箱庭

富士・箱根・伊豆への玄関「箱庭文化都市」三島へ!

富士と箱根、伊豆と駿河湾に囲まれ、そのほぼ中心に位置する三島は、そこで住む人々を守り育て、さらに街の景観が三島人の温和な人格を育んできたのではないでしょうか。
また伊豆一ノ宮としての三島明神(現三嶋大社)の富士山をバックにした大鳥居はまさに人々の信仰の象徴でもあり、誇りある安住の地といえます。

また伊豆や箱根といった全国的に知られる観光地の玄関口としての機能を自覚し、あこがれの「水の都」として訪れる人々を迎えられる街なのです。

だからいま 日本の「箱庭文化都市・三島」としてPRしよう!

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国際人が集う街、三島へ

異国の文化との交流を再び

国際人が集う街、三島へ

その昔三島は朝鮮半島との交流が盛んに行われ、特に李朝陶器「三島手」といわれた「三島茶碗」は、朝鮮陶器。粉青砂器の代表作として全国的にも有名です。また、江戸時代、朝鮮王国の友好使節団である朝鮮通信使は、三島宿をかならず利用したといわれています。楽寿園には李王朝の別邸もありました。幕末には、米大使ハリスも三島宿に投宿した記録もあり、明治時代はキリスト教主義の薔薇女学校も開校し、リゼー・バラ女史が赴任して、華やかな欧州文化をもたらしました。これからの三島は伊豆の観光の玄関口として、静岡富士山空港を利用した国際交流都市としての役割が大いに期待されます。

だからいま 異文化を大切にする、交流拠点の街をめざそう!

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三島ならではの文化や工芸へのこだわり

三嶋暦、三島茶碗、三四呂人形

三島ならではの文化や工芸へのこだわり

三島が古くから学術文化の発信地であったことを伝えるのが三嶋暦です。暦は古くから貴族階級=官庁が漢文の暦を書写して使用されていました。三嶋暦師の河合家は全国でもいち早く平仮名を版木に彫って印刷した「刷り暦」を発行し、広く武士階級や農民、町人にも手軽に使えるようになりました。1684年に幕府による独自の統一暦が打ち出すまでは三嶋暦を公式の暦として運用していた事からもそのレベルの高さがうかがえます。

その他にも三島茶碗や三四呂人形など、三島には多彩な伝統文化が息づいています。

だからいま 三島ならではの伝統・文化を復活させよう!

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旧町名の復活と新三島八景づくり

由緒ある町名を復活させ、粋で、新しい三島の再発見

旧町名の復活と新三島八景づくり

三島は昭和40年の新町名変更に伴い、歴史観を漂わせた宮町、久保町、金谷町、市ケ原などの町名がなくなり、地名のもつ古き良き伝統が消えたように感じます。
地域に愛された町名は歴史的財産です。ぜひこれらを復活させたいものです。

また、古くから愛された「大社の群鳥」「水上の富士」‥「加茂川の蛍」などと詠われた「三島八景」を今の景観にふさわしい「新三島八景」として新たに選定し、郷土の景観文化の宝として守っていきたいものです。

だからいま 生活や文化に三島ならではの歴史観を復活させよう!

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三島商工会議所